旧プロフィールページ

当ブログ「ブログで人生を治療する。」をご覧いただき、ありがとうございます。

管理人の「まっとも」と申します。

僕は事業で、いや、生き方に失敗して借金を500万円作りました。

今まではこんなことになった自分をダメだと思う気持ちばかりでしたが、

近頃この人生を「治療」しようという気持ちが日に日に強くなり

このブログを立ち上げました。

このブログの目的。

ブログによる人生の治療です。

書き手である僕も。

読み手であるあなたも。

このブログで傷ついた心と人生を治療しましょう。

特にこのブログを読んでほしい人

以下のリストは自分のことでもあり、同じような悩みを持つ人たちにも読んでほしい。

  • やる気はあっても空回りする人。
  • 技術の習得とか、それ以前の段階でつまづいている人。
  • どうして自分はやることなすことうまく行かないのか分からない人。
  • 頑張ってるのに全然お金にならない、下手すりゃ赤字な人

執筆者「まっとも」生い立ちと年表。

 

写真は尊敬するボディビルダー兼実業家のリッチ・ピアーナ氏。2017年8月死去。

 

197×年生まれ

東北地方の豪農の次男坊である父と、近隣地区の貧農の末っ子である母との間に生まれる。
両親ともに会社員。

兄弟は妹が一人。4人家族。

3歳の時に父方の祖父が急死。
豪農と言える家であったけど、祖父ひとりの手腕で財産が築かれていたため、家計に暗雲が立ち込める。
大人になってから聞いた話では、両親も祖父の財力をあてにして家を買っていたとのことだった。
祖父の死から、生活レベルが中の上くらいであったはずが、中の下~下の上くらいになる。
特に小学校の頃は他の家にあって自分の家にはない物がたくさんあることが不思議でならなかった。

思えば両親も親戚も、センスのない人たちだった。

古くから近親婚を繰り返してきた田舎に、冠婚葬祭で見栄を張ることに命をかけるしかない人種がいる。
物事をより良くすることとか、新しいやり方を取り入れるとか考えもしない人たちだ。

やり方は新しくても古くても、その人に合ったものが正解であると僕は思う。
どうしても納得がいかないのは、彼らは自分がいいと思うもの以外を否定しないと気が済まないことだ。

彼らは初めて見るものはまず否定から入る。
彼らは今までのやり方がこれからもたった一つのやり方だと信じている。
彼らは相手を理解することは相手の格下に付くことだと思っている。
彼らは初めて会う人を紹介したり、されたりする場でここぞとばかりに普段からため込んだ不満を爆発させ、徹底的に身内を貶める。

伯父などは、現代の若者の貧困の理由は貯金をしないせいだと言ってはばからない。

そんな親や親戚から投げかけられる言葉は呪詛となって幼い頃から僕の心をさいなんでいった。

そして、僕にもその一族の血が流れているのだ。

幼稚園時代

幼稚園の頃から周りとなじめない自分を自覚していた。
他の子たちが外で遊んでいても、自分は魚や虫の図鑑を見ていたかった。

小学校時代

小学校時代は肥満児。
肥満と小児ぜんそくで運動は全くできず、
体育の成績はいつも「1」。

運動中の苦しさもさることながら、特に球技をはじめとする団体競技における周りへの迷惑のかけ方が半端ではなく、
苦しめば苦しむほどいいことがないという体験から、
「自分はダメな人間である」と心に刷り込まれる。

何かあるとすぐに泣いていた。
この理由は日頃から自分のみじめさに耐えることで精いっぱいであり、どんな刺激も決壊への最後の一押しになってしまうからだった。

中学時代

中学校ではギターに出会う。
地元の音楽教室でクラシックギターを習いはじめた。

周りはフォークギター弾き語り一辺倒の中、単体で曲が成立するクラシックギターは周囲の大きな注目を受ける。
自分が評価されることに戸惑いつつもそれまでにない愉悦を覚え、心がねじ曲がっていく。

何もいいところがなかったそれまでの人生で、褒められることはほとんどなかったので
褒められることに飢えていたのだった。

この時期は虚言癖があった。頭の中で妄想を練って周囲に話しては不審がられた。
嘘をついてでも周りから認められたかったのだろうと、今になって思う。

高校時代

高校2年生の時ににうつ発症。
学校へ行けなくなり、精神保健センターでカウンセリングと投薬を受ける。
初めて出された白い錠剤を見た時はもうだめだと泣き叫んだ。

何もしていないのに涙がこぼれることが度々あった。
食事ができなくなって一か月で8kgやせた。
この時は10代後半の時期にもかかわらず性欲がゼロになった。

学校へは行かなくなったが、不思議と勉強はできた。
英語や現代文はクラスで1~2番、学年でも10位以内はキープしていた。

テストのたびに友人と点数を比べ、「俺の方が上だ」とマウンティングを繰り返しては
ただでさえ少ない友人を余計に失う。
何がいけないのかわかっていない。

専門時代

専門学校へ進むも、劣等感によるキョドりとマウンティング気質から友人はほとんど出来ず。
今、連絡が取れそうな人も一人だけ。

授業もあまり理解できなかったが熱心なふりをして先生に気に入られることでお仕事ゲットとか考えていた。

フリーター時代(20代前半)

二十歳の頃、人生初の彼女ができる。
しかし、幸せにしてあげることはできなかった。
離すべきではなかった手を離してしまったと、今も悔やんでいる。

20代前半はフリーター生活。
収入はバイトが9割以上の中、仕事が取れたり取れなかったり。
自分の中の歯車がかみ合わないもどかしさを感じながら約5年間、無為の日々を過ごす。
お菓子の買い食いばかりしていた。それでは心や体に必要な栄養が賄えるはずもなかった。

父の借金と浮気が発覚し、母が心を病む。
後に放っておけない状態になり、自分が同居することになる。

妹が自殺未遂を起こす。

アシスタント時代

20代も半ばを過ぎ、このままではいけないと一念発起し、
親方の元へ2年間の弟子入り。

業界では一流との呼び声高い親方の仕事に同行してはアシスト業務をこなす日々を送る。

毎日のように何かしらの失敗をやらかし、とにかく自分のセンスのなさ、
人間としてのスペックの貧しさを嫌というほど思い知らされ続けた。

自分で自分を責めることによる負荷が半端ではなく、
一時は文章が読めなくなったことがある。
目に入ってくる単語は拾えても、文章になると読めないのだ。

ストレスで脳が委縮していたのかもしれない。
お客さんの前で突然気を失って倒れることもあった。

この時はまだ、出来ないことをできないと受け入れることができなかった。
自分の駄目さ加減とまともに向き合ったら心が壊れると思っていた。

この時期についての記事はこちら。

「上の方の人たち」との出会いと気づき。

しかしこの時期に出会ったその分野でのヒエラルキーのトップ、
またはそれに近いところにいる人々と出会って、自宅や仕事場にお邪魔し、その生活や考え方に触れられたことが後々大きな財産になる。

お金があってそれを正しく使えれば、こんなにも心豊かな人生を送ることができるのだと知った。

独立開業(2007年)

2年間の修業期間が終わろうとする頃、父が急死する。

やるしかないということで半年間の準備期間を経て独立開業

最初は3ヶ月近く仕事ゼロ。しかし幸いにもそれ以降は右肩上がりの成長を続ける。

技術自体には自信があり、またそれを多くのリピーターのお客様に認めて頂いたことで、とても小さなこの業界をリードする存在として多くの類似業者が発生する(サイト内容や企画をパクられまくった)。

2008年~2009年

売り上げは2009年頃がピーク。

それ以降は月単位では良かったこともあるものの、年間トータルの売り上げでは2009年を超えられてはいない。

この頃、問題の種をたくさん撒いていた。よかれと思って。
  • 朝起きてから寝る寸前まで仕事をすることがいいことだと思っていた。
  • スケジュール帳は全ての日付が埋まっていることがいいことだと思っていた。
  • それができないと自分を責めた。
  • 1日のすべての時間を生産的にできないことに悩んでいた。
  • 食事の時間が惜しいので外でラーメンばかり食べていた。
  • これさえあれば自分に欠けているものが埋まるのではないか、という買い物ばかりしていた。
2010年

売り上げ伸びず、財務状況が悪化する。リボ払いに手を出す。

金銭ストレスによっていつも心にもやがかかったような状態になり、
正しい判断や考え方ができなくなっていく。

何がおかしいってこの状態がおかしいと思えないことが一番おかしい。
自分は身を削って頑張っている」とさえ思っていた。

このあたりの経緯はこちら。

2011年~2013年

震災以降、類似業者が増え出し仕事はますます減っていくがどうしていいか分からなかった。

借金が雪だるま式に増えていった時期。

体調も悪化の一途をたどる。いつもどこかが具合悪かった。

2014年

前半、売り上げが伸びないストレスから酒量が増えた。
しらふでいる時間が少なくなってますます改善のためのリソースが減ることがわかっていたがどうにもできなかった。

夏、健康のために通い始めたジムでボディビルに出会う。

しばらくしてから栄養状態やホルモンバランスの改善により、正常な心と体を取り戻す気持ちが徐々に芽生えてくる。

2015年

今までの人生で蓄積されてきた感覚がおかしいものであることに気づき始める。

「幸せの量には限りがある」=「幸せは味わうことで目減りする」という考えは不幸になっていく元であると強く自覚。

幸福度は能力の優劣で決まるという考えもこの時捨てた。

2016年

子供の頃に親や親戚から受けた呪詛が常に頭の中にフラッシュバックするようになり、苦しむ日々が続く。

スマホゲーム依存症に陥る。

ボディビル大会観戦を機に、筋肉がつくように体重を増やし始める。

2017年

2月で体重が人生最高の98kgに到達。減量開始。
独自に工夫をした減量法により、7月までに筋肉を維持したまま16kg落とすことに成功。

6月13日:ブログスタート。

 

秋から年末にかけて収入が激増。

年末には本業とブログを合わせた月収が40万円に達する。←11月、達成!

2018年

春、スマホゲーム依存症克服。

収入が増加・安定し、繰り上げ返済もできるようになる。

並行して複数のサイトも運営。収益はますます増える。

月収50~80万円。

2019年

母と決別し、引っ越し。

本業とブログ・アフィリエイト業をあわせて法人化。

かねてより構想していた新事業開始。

月収100万円。

2020年

借金完済。

結婚。

サモエド(白くてふわふわの大きな犬)を飼う。

家族で東京オリンピックを観る。

月収150万円。

2021年

第1子誕生。

持てる限りの愛情を注いで育てる。

月収200万円。

2022年

発達障害を抱えたまま大人になった人の再教育に関わるようになる。

月収300万円。

  1. ブログ運営

    Bloggerテーマ変更。プロブロガーからのアドバイスとは。
  2. 言葉

    サブリミナルはじめました。思っていた形とはちょっと違うけど、効果はたしかにあった…
  3. よりよく生きていくために

    スマホゲーム依存を断つ方法5つ。自分自身に課金しよう。
  4. チョコミント

    セブンイレブンで買えるチョコミント初心者向けスイーツ3選!!
  5. 借金持ちのための体調管理術

    借金持ちのため、コスパ抜群の栄養補給なら卵で決まり!お腹がいっぱいなだけの栄養失…
PAGE TOP