ハゲ

ハゲの歴史。いつからハゲ始めた?スキンヘッドにするまでどんな髪型を試した?家系は関係ある?

まっとも
若ハゲからスキンヘッドが似合う男に昇格したまっとも(@yarukisense)です。

世の中には2種類の人間がいます。

ハゲている人と、ハゲていない人。

ハゲてる人でも最初から今あなたが目にする状態だったわけではありません。

僕だってそうだったんです。

生まれつきのくせ毛頭が徐々に脱毛症に侵され、結果として今の姿になりました。

自分では今のスキンヘッドが自分にとっての最適解だと思っていますし周りにもそう言ってもらえてますが、

ここに至るまでに長きにわたる苦しみと試行錯誤と葛藤があったことは事実です。

ハゲで悩んでいることを人に話したことはほとんどありませんが、近しい友人たちは僕の苦しみに気づいていたのではと思います。

隠そうと必死でしたから。でも、年月が経つにつれて無理が出てくることを付き合いが長い人ほど見続けることになるんですよね。
痛々しいなと思われていたんじゃないかと・・・。

そんな状態に見切りをつけ、僕は短髪(ベリーショート)へ、そしてスキンヘッドへと進んでいきました。

今回はそんな「ハゲに歴史あり」というお話です。

おでこは元々広かった?

子供の頃の写真を見ると、もともとおでこはかなり広い方であったようです。

ハチが張っていて、顎が小さいという、グレイと呼ばれる宇宙人に似た輪郭です。

割とこういう雰囲気の人、ハゲてる人に多いですよね。

いつ頃からハゲ始めたのか?

髪がうまくセットできないと思い始めたのは高校生の頃でした。

元々くせ毛で髪自体も細いことからなかなか思い通りの髪の流れにならず、毎朝鏡の前で格闘していたのですが、

気がつけば特に前髪がおでこをカバーするだけの分量に足りないのではと感じ始めました。

なんとかおでこを隠すのですが、時間が経つと前髪の隅間からおでこが透けています。

もしかしてまずいのかな…と思い始めました。

まっとも
これ、18歳頃のことです。おじさんになってからの話ではありません。悲しいですね…
増毛サロンで男性型脱毛症(AGA)診断を受けた。

ある日のこと、大手増毛サロンの無料診断があると聞き、予約して診断を受けました。知ったきっかけはTVCMだったと思います。

白衣姿のカウンセラーに告げられた言葉は、

「典型的な男性型脱毛症(AGA)の初期症状です」

ショックでした。

18歳でですよ!

18歳でのハゲ宣告。すんなりと受け入れられるものではありませんでした。

 

ハゲに家系は関係ある?

僕の見た限りの話ですが、答えはイエス。すなわち残念ながらハゲは遺伝すると思います。

しかもハゲは優性遺伝ではないでしょうか。

両親のどちらかにハゲの遺伝子があると高確率で子はハゲます。

僕の母方の親戚にハゲはいません。男は全員白髪頭です。

しかし僕はハゲました。

父をはじめ、父方の親戚一同ひとり残らずハゲだらけだったからです。

それでまあみんな表情が暗い暗いw陰気な一族です。

ですので自分もいつかは…と覚悟はしていました。

しかし18歳という思いもよらぬほど早い発現により、僕に髪型を楽しんだりする青春はありませんでした。

髪を染めたり、思い切った髪型にしたりして楽しむ友人たちを横目に、何ともいたたまれない気分になっていました。

まっとも
周囲は皆フサフサでハゲかけは自分一人という状況でした。

スキンヘッドを決意するまでの話と髪型の変遷。

ハゲにもいくつかの種類があることをご存知でしょうか。

  • M字ハゲ
  • カッパハゲ
  • すだれハゲ

僕はM字ハゲに該当します。

10代後半でハゲを自覚し、ハゲ行く運命を突き付けられてからも何とかM字部分を隠せないか試行錯誤の日々が続きました。

写真があればお見せしたいのですが、僕の20代の写真というのはほとんど残っていません。

なぜなら写真を撮られたくなかったからです。

写真を見ると自らのハゲた前頭部を直視することになります。

なぜわざわざ好きこのんで精神的ダメージを受けに行かなければいけないのか、というのが当時の僕の思いでした。

ヨーロッパではM字ハゲはセクシーに見られるらしいよ」などと慰めなのかアドバイスなのか分からない言葉をかけてくれる友人もいましたが、

僕の耳には届きませんでした。「ここは日本だ!ハゲはヒエラルキー最下層の国だ!」とますます頑なになっていくのでした。

まっとも
今だったら「じゃ試しに行ってみようか、ヨーロッパ。モテるかどうか確かめてくる」くらいのことは言えるのですがw

茶髪時代。

ある日ブリーチ剤を買ってきて、自宅の風呂場で髪を脱色しました。当時「茶髪」という言葉が出てきた頃です。

当時ギターを弾いていた僕はTHE ALFEEの坂崎幸之助さんにあこがれていました。

坂崎さんと同じように弾けるよう練習すると同時に、髪型からも坂崎さんに近づきたいと願ったのでした。

今思うと僕と坂崎さんでは全然タイプが違いますが!

 

どうせハゲるなら金髪にしてやる。

そのうち物足りなくなってきて金髪に近いくらいになりました。

この時裏にあったのは「どうせハゲるのだから今のうちにやっておく」という思考です。

たぶんこの行いで僕の頭皮は傷み、髪の寿命は縮んだのでしょうが、愚かな行いであったとは思いません。

自分は髪に何もできなかったという後悔は残さずに済んだからです。

短髪時代(ソフトモヒカン・ベリーショート)

アルバイト先である日、同い年のバイトの女の子にこう言われます。

まっとも君、眼鏡変えて髪短くしたらかっこいいと思うよ

20代半ばに差し掛かるこの頃、もうM字はどう頑張っても隠し切れなくなっていました。

そして、金属フレームの大きい眼鏡もダサいと思いつつも掛け続けていました。

イメチェンのいい機会かもしれないとばかりに、僕はその子のアドバイスに従いました。

  • 髪は両サイドを5mmくらいに刈り上げてソフトモヒカンっぽく。
  • 栗色っぽく見えるカラーを入れました。
  • 眼鏡は小さな楕円形のセルフレームに。
わぁ~、いいじゃん!

アドバイスをくれた子からの評判も良く、イメチェンは成功しました。

今思い返すと、ソフトモヒカンにしたことによって伸ばした前髪でM字部分を隠そうとしなくてもよくなり、むしろさらけ出す方向になったのが好印象に繋がったのかなと思います。

コンプレックスを隠さない姿が堂々として見えたのかもしれません。

まっとも
ちなみにその後、彼女とは何もなかったことを付け加えておきますw

そして坊主へ(5mm→1mm)

完全に坊主にしたのは20代終盤でした。

ソフトモヒカン部分の毛が細くなって勢いがなくなってきたのです。

一度、側頭部と揃えて5mm位にしてみたのですが頭頂部の薄さとまだ正常な後頭部・側頭部の毛の密度の差が如実に出てしまい、みっともなく見えることは変わらないことがわかりました。

そして、全体を1mmに揃えることで解決としたのでした。

同時に、髪型と脱毛に悩む日々は終わりを告げました。

制限がなければスキンヘッドがおすすめ。

冒頭にも書いたとおり、僕はスキンヘッドが自分にとって最もベストな髪型であったと思っています。

それは以下の条件に恵まれたからでした。

  • 頭の形がスキンヘッドに合う。
  • 仕事はフリーランスなので髪型についての制限がない

もし可能でしたら、一度試してみてください。

完全にスキンヘッドじゃなくても、1mm~3mmくらいの坊主でもいいと思います。

昨今の異常気象による暑さの中でも、坊主は意外と耐えられるというメリットもありますからね!

どうやって坊主を維持している?

坊主頭の維持は理容店で頼む人もいますが、こまめに行かなければならないので面倒なのと費用がかさみますので

僕は基本的に週に2回、もしくは人と会う前に自分でバリカンで手入れをしています。

バリカンはグルーマーとも言いますね。

BRAUN社の製品は切れ味もよく長持ちします。

その上、生産終了後も替え刃などの交換パーツの供給もしっかりしているので安心して使い続けられますね。

僕はもう消耗部品を交換しながら10年以上使っています。

おすすめですよ!

amazonでBRAUNのバリカン(グルーマー)を見てみる。

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